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逆卷しとねです。
「デルクィアウッタエル」第二回では、松浦優さんをゲストに迎え、『クィア・レヴィナス 「わたしたちのセクシュアリティ」と自己変容の企み』の著者いりやさんといろいろとお話をしていただきます。
松浦さんは、2025年2月に出版された『アセクシュアル アロマンティック入門——性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち』の著者です。松浦さんのことは、二次元のキャラクターに対する性的惹かれにまつわる「フィクトセクシュアル」について研究している社会学者として知っている方も多いでしょう。本書は、フィクトセクシュアルが問題にしている、対人性愛や対人恋愛という「ふつう」の問題を、もう少し広いフィールドに置き直して問うものです。
本書で紹介されている、Aセク(アセクシュアル)やAロマ(アロマンティック)はそれぞれ、他の人に性的な魅力を感じない傾向と、恋愛感情を抱かない傾向を指す用語です。
これらの概念はマイノリティの存在を可視化するためだけのものではありません。まず、AセクやAロマはあくまで傾向なので、絶対不変なものではありません。AセクやAロマだと思っていなかった人がある日そういう傾向を自覚することはあるでしょう。人生の一時期だけそういう傾向になることだってありえます。つまりこれらは、マイノリティだけではなく、自分は「ふつう」だと思っている人たちも巻き込む概念なんですね。
このようにAセクやAロマは、人間を対象にする性的欲望や愛情を当然視する性規範を問い直す用語です。この問い直しから、AセクやAロマに限らず、わたしたちのセクシュアリティはいつも揺らいでいるし、同じカテゴリーに入ると思っていても細かいところではちょっとずつずれていくこともあるということが見えてきます。このようなセクシュアリティのあり方を、松浦さんは「グラデーション」という言葉で説明しています。
さらに言うと、人間に対して性的惹かれや恋愛感情を経験しないことから、AセクやAロマは、セクシュアリティが「まったくない」状態とみなされることがあります。しかし、AセクやAロマの傾向にある人たちにも、自慰行為に関心があったり、人間以外の存在に強い愛情を抱いたりする人はいます。セクシュアリティというと性的指向のみをイメージされがちですが、こうしたものもセクシュアリティの構成要素であり、しかもそれはAセクやAロマであることと両立するものなのです。このように、AセクやAロマは、性的指向のマイノリティの話だけでなく、「ふつう」のセクシュアリティを問い直すという意味でも、わたしたちみんなが無関係ではいられないトピックです。
以上のような問題提起を出発点としてセクシュアリティや恋愛についてお話していくことになりますが、本をまだ読んでいなくても大丈夫です。本を読むのは苦手だけどいろいろ考えるのは好きというあなたにも、トークを聞いてみて本を読むかどうか決めたいというあなたにもちゃんとわかるようにお話します。
懐に余裕のある方はチケットをお買い求めください。ライヴ配信もアーカイヴも視聴可能です。
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みなさんからいただいたお金は、いりやさんと松浦さんが4割ずつ、残り2割を逆卷がいただき、それぞれ今後の研究費にします。ありがとうございます。
